否定することの不合理性について、それでも否定してしまう人間の不合理さ。
誰でも、大切なものを否定されると殺意を覚える。でも、殺さないのは、殺すメリットよりも、殺さずにいたほうがメリットが大きいとわかっているから。何かを否定する事は、そういっためちゃくちゃ大きなリスクを背負うってことだ。んでもって、殺意とかいわゆる「負の感情」も、僕は大事にすべきだと思う。というのは、それが自然だから。
でも、たまに、衝動に負けて、人を殺してしまう人がいる。彼らは、それが合理的なんだ。なぜなら、失うものがない。つまり、殺さないメリットよりも、殺すメリットの方が上回ったという事だ。僕たちは、どこか殺人者を「異常者」扱いする癖があるが、あれは違う。僕たちの中にもその衝動はある。だが、合理的に考えて、そのメリットがないというだけなんだ。このことはものすごく、日本の何か悪いものが放置されているという恐怖を彷彿とさせる。たぶん、『教育制度』だ。どこでも出てくる教育制度。思うに、この部分をアップデートしない事には、日本の未来はない。いや、本当に。この危機感、必要性、理解、どうなればいいのか、どうすればいいのか?というのを知らしめるのが僕の役目であると信じている。