考えるコアラの頭の中

思考の整理整頓のために書きます。なので、思考ダダ漏れで読みづらいです。いつか推敲します。※18/6/26以前の記事は、別人格です。今から思うとおかしな事を言っているなと思ったりします。成長過程として敢えて残しておきます。何卒、ご理解ください。

僕の弱さについて

今回は、僕の少し前の話をしよう。

文章はズタボロだ。

それでも気にしないという方が読んでくだされ。

僕は、負けず嫌いだった。

かけっこは学年の中で一番速かった。毎回運動会や遊びになると、ヒーロー扱い。チヤホヤされた。

中学では、勉強をやった。頭が悪かったため、暗記量で勝つしかないと思い、1日10時間もの時間を勉強に費やすこともあった。缶詰だ。スパルタ教育の塾講師の元、竹刀によるけつ叩きや空気椅子など、いまでは考えられないような体罰に怯えながら、粛々と勉強に専念した。しかしその傍、大好きだった音楽はやめられなかった。勉強だけじゃ普通だ。それプラスアルファがあって、初めて面白い人間なんだ。なんて餓鬼のくせに考えていた。

努力は実り、県内でトップの高校に入学。しかし、同時に好きだった音楽の部活に入ると、勉強が疎かになった。部活では全校に知らない人がいないくらいの話題性のある人間になった。頭も良くて将来有望、音楽の才能もある。先生にも何度も言われ、迷わず東大を目指した。

しかし東大は2回連続落ちることになる。

1年目は勉強不足だから、浪人して勉強すれば受かると思った。しかし、一日10時間以上の勉強の末、合格点には全くと言って届かなかった。

そこで初めて、「努力では叶わないことがある」と感じるようになった。

大学生になり、浪人の時にお世話になった予備校でアルバイトをした。楽しい楽しい大学生活、アルバイト生活、恋愛、部活…のはずだった。

現実はそうじゃない。挫折の連続だった。僕は「負けず嫌いだ」。

周りにも同じ学力レベル、かつ頭が切れて要領が良い同期がたくさんいた。僕は無意識のうちに、彼らと「競争をしていた」のだ。

アルバイトでは上司に気に入られてる同期を見て、悔しさを覚えたし、そもそも仕事で負けてるのも自分はダメだと思った。あんだけ頑張って手に入れた学歴は、一体なんだったのか…?

学歴は頭の良さに比例するのではないのか?この要領の差や頭のキレの差はどこから生じるのか?

恋愛もそうだった。学歴でモテるなんて幻想だ。モテる奴に学歴なんて関係ない。必要なのは、金だった。学歴だけあっても仕方がない。要は金なのだ。学歴が高ければ金が手に入りやすい。だから、学歴はあったほうがいいのだ。

頑張っても頑張っても、「何か根本的に追いつけない何かがある」と感じるようになった。

同じ土俵で戦っても、僕には勝ち目がない。けど、そうしたら僕が今まで追い求めていた理想は何だったのか。過去の自分を否定することになるのではないのか。

僕は、時間が必要だった。

だから、とにかく逃げに逃げまくった。

アルバイトは辞め、恋愛も頑張らない、大好きだったはずの音楽も手放した。学校にも殆ど通わず、実はちゃっかり留年もしている。本当に親不孝なことだ。

僕は着々と腐っていった。世間体は、最悪だろう。アルバイトもせず、学校にも通わず、恋人はいない。家から出ない。本ばかり読んでいる。携帯代を払えず借金をする。一浪してる上に留年もする。酒癖は悪い。

そのかわり、本は読んだ。本を読めば、世界が変わると思っていた。この絶望の崖っぷちで、成功の糸口は過去の達人達が残した「財産」にしかないと思った。年間で500冊以上の本に目を通して、自分の世界観を構築しようと思った。本と対話するために、すべて感じたこと思ったことをメモした。なにで腑に落ちるのか、なにに感動するのか。

今までの常識をすべてに疑問を抱くようにした。ではないと、この不幸から抜け出せない。そう、本能的になのか、感じた。だから、実行した。

僕は金がないから人と遊びたくもない。人に合わせるのが面倒くさい。学校に行って授業を受ける意味を見出せない。働きたくない。好きなことで働いて金持ちになる人がいる一方で、好きなことで飯が食っていけない人がいる世の中なんて不公平だ。

しかし、世界は変わっていっている。

自分の好きなこと、ワクワクすることで金が稼げる時代になっている。

そのためのインフラが、平等をこよなく愛する天才達によって構築されてきたのだ。

僕たちはまだ絶望になるには早い。

大学生は、楽に働ける会社に勤めよう。

その傍、自分の好きな分野に投資をして、群を抜いて出来る領域を作ろう。そしたら、少額ながら金が稼げるはずだ。

そしたら、次は金で金を稼げるようにしよう。それで生活費らを稼げるようになれば、僕たちは自由になる。

好きなことで金を稼げるようになる。

一種の平等の完成なのだ。

世界は平等に近づいていく。

世界は良い方向に進んでいるのだ。